中尾 (なかお あきら、1942年〈昭和17年〉8月11日 - 2024年〈令和6年〉5月16日)は、日本の俳優・声優・タレント・コメンテーター。千葉県木更津市出身。古舘プロジェクト所属。 生家は酒屋を営み、1958年に千葉県立木更津第一高等学校へ入学するとバレーボール部で主将を務め、1960年に…
50キロバイト (6,319 語) - 2024年5月22日 (水) 19:55



俳優の中尾彬さんが16日に心不全のため死去していたことが22日、明らかになった。81歳だった。二枚目も悪役も器用にこなせる名俳優だったが、2022年夏ごろに俳優業を事実上、引退していた。その理由は、妻で女優の池波志乃(69)との時間を大切にするためだった。葬儀・告別式は近親者で執り行った。妻の池波は22日、声明を発表。「15日に容体が急変し、16日の夜中に自宅で私と2人の時に、とても穏やかに息を引き取りました」と最期の様子を明かした。今年に入ってから足腰が悪くなって体力も落ち、医師の訪問を受けながら自宅でゆっくりしていた。1961年、日活ニューフェイスに合格。甘い二枚目から、コワモテの悪役まで幅広く演じ分けた。映画では「ゴジラ」シリーズや「アウトレイジ ビヨンド」(12年)、ドラマではNHK大河ドラマ「秀吉」(96年)、フジテレビ系「GTO」(98年)などで好演した。「器用な役者で、どのような役でもできると重宝されていました。評価も高かったし、引っ張りだこでした」(芸能プロ関係者)中尾さんと池波はおしどり夫婦で知られ、終活を進めていたことも話題になった。その一環か、22年夏ごろに俳優業を事実上、引退した。最後に出演したメジャーな作品は、世界的にヒットしたネットフリックス連続ドラマ「サンクチュアリ―聖域―」(23年5月)。相撲を題材にした物語で、相撲協会の理事長役だった。テレビ局関係者の話。「『サンクチュアリ』は22年1月ごろにクランクアップ。中尾さんはその半年後、俳優業のオファーを敬遠するようになりました。ドラマや映画の撮影は拘束時間が長い。池波さんとゆっくり過ごしたかったんです」中尾さんはかつて、共演者や女子アナなど若い女性たちと定期的に食事をする「中尾会」を開催していた。そこでいつも口にしていたのが、池波さんへの「感謝」だ。「こうした食事会を開くことに、女性陣が『池波さんは大丈夫ですか?』と心配しても、中尾さんは結婚当初から『怒られたことがない』と明かしていた。そんな懐の深い池波さんへの感謝を常々口にしていましたね」(出版関係者)事実上、俳優業を引退した22年夏以降もバラエティー番組には出演し続けた。低音ボイスで歯に衣着せぬコメントが人気を集めたが、ヤラセ番組だけは許せなかった。そのキッカケとなったのが、レギュラー出演したフジ系「愛する二人別れる二人」(98~99年)。番組はヤラセが指摘され、打ち切られた。「中尾さんは『愛する――』のヤラセに嫌悪感を示していました。その後も民放各局のバラエティー番組でヤラセ問題が起きるたびに疑問視。演出の域を超えているという考えだったようです」(制作会社関係者)首にストールをぐるぐる巻く「ねじねじ」がトレードマークだった。18年に池波と共著で「終活夫婦」を刊行した時のイベントでは、400本あまりあったねじねじを、終活の一環として池波に200本捨てられたとぼやいていたが、プライベートでも愛用していた。「中尾さんは晩年まで都内の自宅近辺を池波さんと歩く姿が目撃されました。変装せず、むしろねじねじをしていたので分かりやすかったです」(知人)
天国でもねじねじを巻いているに違いない。




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(出典:東スポWEB)

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